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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)2090号 判決

控訴人(被告) 板橋区議会

被控訴人(原告) 山口昌玲

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は次のように述べた。(一)、本件除名決議が被控訴人に対する懲罰として相当であるか否かは、議会の裁量権の範囲内の問題であるから、裁判所の裁判権の対象になるべきものでない。(二)、昭和二六年三月二六日乃至二八日の板橋区議会の開会当時、被控訴人が主張するように、被控訴人の長女唱子が痳疹にかかつた事実がないばかりでなく、同月二七日被控訴人は自ら板橋区役所戸籍課に出頭して、自己及び関根親吉の印鑑証明書の下付を申請してこれを受け取つている。仮りに右罹病の事実があつたとしても、被控訴人は区役所戸籍課に出頭した際容易に、議会事務局(同じ区役所の建物の二階にある)に出向いて、欠席の理由を届け出ることができたのに、これをしなかつたし、又被控訴人は当時子供の世話及び家事手伝等のため、佐藤ハル子の外に、臨時に沢田たつゑ、新井キクヨ及び野原むめを雇つていたのであるから、唱子の看護のため会議に出席することができなかつた筈もなく、まして雇人のうちの一人に欠席の理由を届け出させることができなかつた筈もない。すなわち、被控訴人は正当の理由がなくて、会議に欠席し、欠席の理由を届け出なかつたものである。

被控訴代理人は次のように述べた。被控訴人が問題の議会の開会当時被控訴人方で雇つていたのは、家事手伝としての沢田たつゑのみであつた。佐藤ハル子は洋裁学園に通学するため被控訴人方に同居していたが、同年三月八日既に他に移転し、新井キクヨ及び野原むめは、いずれも被控訴人が選挙事務の準備のため労務者として、被控訴人選挙事務所で雇つていた者であつて、しかも野原むめを雇つたのは同年四月五日以後のことである。

当事者双方の立証及びその認否は、左記の外は、原判決の事実に記載するところと同一であるから、これを引用する。

(立証省略)

理由

(一)、被控訴人が昭和二二年九月二〇日の板橋区議会議員選挙において当選し、その議員となつたところ、昭和二六年三月二八日の板橋区議会において被控訴人を除名する旨の決議をしたこと、同年三月二六日から二八日までにわたつて開会された板橋区議会の定例会(昭和二六年度の予算審議を含む)についてその招集の告示があつた外、同月二二日被控訴人に対し招集通知書及び議題が送付されたこと、被控訴人が右定例会の会議に欠席し、しかもその欠席の理由を届け出なかつたこと、被控訴人に対する右除名決議が、地方自治法第一三七条に基き、右欠席を理由としてなされたものであることは、当事者間に争がない。

(二)、控訴人は、「本件除名決議は、議会の裁量権の範囲内の問題であるから、裁判所の審判の対象にならない」と主張する。議会の議員に対する懲罰は、議会の内部規律を維持するために議会が自ら行う処分であるから、議員の行為が懲罰に値するか、いかなる種類の懲罰を科するを相当とするかを決定することは、原則として議会の裁量に任かせされていると解すべきである。しかしながら、議員の懲罰事由として法令に定められた事由が実は存在しないのにかかわらずこれあるものとして議員を懲罰した場合には、それはすなわち違法な懲罰であるから、その違法な処分の排除を求める争は法律上の争訟であり、裁判所はその適否を審判する権限を有するものと解しなければならない。本件は、被控訴人に対する除名決議について、果してその懲罰事由が真実存在したか否かが争われているのであるから、裁判所の審判の及ぶ範囲にあると認めるべきである。控訴人の右主張は理由がない。

(三)、控訴人は、「被控訴人の議員としての任期は満了しているので、本訴のような判決を求める利益は失われている」と主張する。被控訴人の板橋区議会議員としての任期が昭和二六年四月二九日まであつたことは当事者間に争がないから、本件除名決議の取消によつて被控訴人の議員たる資格が将来に向つて回復することはあり得ない。しかしながら、本件除名決議が取消されるときは、除名決議当時に遡つて、被控訴人の議員たる資格に伴う報酬請求権その他の権利が回復されることになるから、本訴のような判決を求める利益がないものとする控訴人の主張は理由がない。

(四)、被控訴人は、本件除名決議の取消を求める第一の理由として、「本件除名決議は、被控訴人の有する政治的見解と被控訴人が女性議員であつたための差別的取扱によるもので、憲法第一四条に違反する」と主張する。被控訴人は従来板橋区議会議員の行動に対し議会外で批判的な言辞を発表し、そのため多数議員の不満を買つていたので、前記定例会において被控訴人に対し釈明を求めんとする空気が濃く、特に議長から出席要求があつたのに被控訴人が遂に出席しなかつた経緯は、当審証人盛栄治の証言によつてもこれを認め得るのであるが、本件除名決議は、前記のように、被控訴人の会議欠席を理由とするものであつて、その政治的見解又は女性であるが故になされたものと認めるべき証拠はない。右定例会に欠席した議員は被控訴人以外にもあつたが、議長から特に再度の招状が出されたにもかかわらず、なお欠席したのは被控訴人のみであつたことも、前記証人の証言で認められるから、特に被控訴人のみを差別的に取扱つたものとは認められない。故に本件除名決議が差別的取扱によるものであるとする被控訴人の主張は理由がない。

(五)、被控訴人は、本件除名決議の取消を求める第二の理由として、「本件除名決議は地方自治法第一三七条に違反する」と主張する。同法条に基く懲罰を科するには、議員が正当の理由がなくて会議に欠席し、そのため議長が特に招状を発してもなお故なく出席しない場合でなければならないから、先ず被控訴人の欠席が正当の理由がなくてなされたものか否かについて以下に検討する。

(イ)、後に説明するように、被控訴人の欠席が正当の理由がなくてなされたものと認めるべき事由や証拠がなく、むしろ、原審証人沢田たつゑの証言並びに原審及び当審における被控訴本人の供述によると、被控訴人の長女唱子(当時三歳)が三月二二、三日頃から痳疹にかかり、会議の開かれた同月二六日から二八日までの間は特に熱も高かつたので、被控訴人はその看護のため、右会議に欠席したものであることが認められるのである。(この認定に反する当審証人野原むめの証言は信用することができない。)右の事由による欠席を以て正当な理由を欠くものとは断定し難い。

(ロ)、控訴人は、「被控訴人が同月二六日には板橋区役所土木課に出向き、同月二七日には印鑑証明書の下付を受けるため同区役所戸籍課に出頭している。にもかかわらず、会議に出席しないのであるから、それは正当な理由に基くものとは言えない」と主張するのであるが、この点に関する乙第一〇号証の記載内容、原審証人高野角太郎、同矢野清、同吉田富雄、当審証人志々目多江子及び同盛栄治の証言並びに当審における控訴人議会代表者篠統一郎の供述はたやすく信用することができず、乙第一三号証の一、二も、後記事実に徴するときは、必しも右主張事実認定の証拠とならず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。むしろ、当審における被控訴本人の供述によると、被控訴人は、同月二七日印鑑証明書の下付を受けたが、それについては雇人の沢田たつゑをして被控訴人の実印を区役所に持参させて、手続をさせたことが明らかである。控訴人の右主張は理由がない。

(ハ)、控訴人は、「被控訴人は当時子供の世話及び家事手伝等のため四人も雇人を雇つていたのであるから、唱子の看護のため会議に出席することができない筈はない」と主張するのであるが、被控訴人の欠席が高熱に病む我が子の看護のためである以上、たとえ被控訴人が数人の家事手伝等を雇つていたとしても、それを必しも不当というわけにはいかない。まして、成立に争のない乙第一六号証の一乃至四、原審証人沢田たつゑ及び当審証人野原むめの証言並びに当審における被控訴本人の供述を総合すると、かつて被控訴人方(板橋区志村前野町一九七番地にある被控訴人の住所で、唱子が病床にふしていたところ)にいた佐藤ハル子は昭和二六年三月八日既に新潟県下に移転し、新井キクヨは同年三月中旬頃二日間程被控訴人方に雇われていたに過ぎず、野原むめは被控訴人の選挙事務所(板橋区板橋町九丁目二、二六六番地)における手伝として、会議の終了した後に雇われたものであつて、会議の開かれていた当時被控訴人方に雇われていたのは家事手伝としての沢田たつゑのみであつたことが認められるのであるから、なおさらのことである。控訴人の右主張は理由がない。

(ニ)、控訴人は、「被控訴人は欠席の理由を届け出ず、しかも正当の理由がなくて届け出なかつたから、その欠席は正当の理由がなくてなされたことになる」かの如き主張をし、板橋区議会会議規則(乙第一号証)第九九条には、議員が会議に出席することができないときは、開議前その理由を議長に届け出なければならないと規定されているが、欠席の理由を届け出るか否かは、議員の欠席が正当の理由に基くものであるか否かの問題には関係がなく、欠席の理由を届け出ないからといつて、又届け出ないことに正当の理由がないからといつて、それだけでその欠席が正当の理由を欠くことになるものでない。控訴人の右主張は理由がない。

以上の次第で、被控訴人の欠席は正当の理由がなくてなされたものとは認められないのであるから、被控訴人に対する本件除名決議は、地方自治法第一三七条に定める懲罰事由がないのに、これあるものとしてなされた処分と認めざるを得ない。従つて、本件除名決議は違法であるから、取消さるべきである。

(六)、控訴人は、「本件除名決議は、(地方自治法第一三七条に基く外、なお)板橋区議会会議規則第一二三条に基き、被控訴人が議会の体面を汚し、その情状が特に重いことを理由としてなされたものである。」と主張する。しかしながら、本件除名決議がこのようなことを懲罰の事由としてなされたものと認めるに足りる証拠がないばかりでなく、成立に争のない甲第五号証、第一六号証の七、原審証人吉田富雄の証言によりその成立を認める乙第一〇号証、原審証人矢野清及び高野角太郎の証言並びに当審における証人盛栄治の証言及び控訴人議会代表者等篠統一郎の供述を総合すると、本件除名決議は、被控訴人が正当の理由がなくて欠席したことのみを理由とするものであることが認められるのであるから、控訴人の右主張は理由がない。

(七)、よつて、被控訴人の本訴請求は、被控訴人の本件除名決議の取消を求めるその余の理由について判断するまでもなく、正当として認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)

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